アンニュ医レズビアンの日記

思ったことや考えたこと、最近見たドラマのことを書いています。

思うこと

自分が当事者ってこともあって、政治家がLGBTに対する個人的だったり個人的でなかったりする見解を放言して批判を受けるみたいなネットニュースは目に留まりやすい。

わざわざそんなくだらないことを言って、何がしたいのか本当に理解できない。

そんな一生懸命非論理的な嫌悪感を主張してくれなくても同性婚という制度は無いし、異性愛者の方々みたいに同性愛を勧めたりしないですし、あなたの異性愛を否定したりしないですよ。

しかも政治家として実名で発言していることもあるけど、どれだけ偉くて最強なつもりなんだろうか。

自分の存在を簡単に消せるような存在が(いるのかは知りませんが)いたとして、その人がひょっとしたら自分が罵倒しているLGBTに属していて、ひどく機嫌を損ねてしまうかも、とかそんなこと考えたりしないんですかね。

多分そうやって簡単に人を傷つけられる人は誰かのことを自分と同じくらい大切に思ったり、その人の痛みを同じように感じたりとかしないだろうから、自分の大切な人もそこに属しているかもしれませんよというたらればは通用しないと思うけど、自分が絡む利害とかすらも想像できないんだろうか。

 

正直、そういう政治家個人には世界を変える力なんてないのはわかってるんですけど、普通に目障り。。

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今年一番の買い物

来年は都内から引っ越す予定なので、新生活に向けて車を買いました。

納車は年明けになりそうだけど、ペーパードライバー歴長いのでそれまでに教習受けたいなと思いながら、仕事が片付かずに先送りにしている。

前提として私は結構金銭感覚狂ってるタイプなのですが、数百万円の買い物が高い買い物だっていうのは理解できた。

しかし、ローンを組むというのが性に合わないので一括で買ってしまったけどローンを組んだ方が得するんでしょうか?

 

銀行で車代を振り込んだ時、窓口で案内を受けてそのままの勢いで国債を買ってしまった。

結局車よりも国債の方が高額な買い物?になった。

 

一時引っ越したら賃貸じゃなくてマンション買っちゃおうかなと思っていたけど、まず土地勘が無いし永住するわけじゃ無いので、マンションは諦めることに・・・

不動産とかよくわからないし。

 

車楽しみだな。

運転慣れたら彼女を乗せてどこかに行きたい。

 

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好きな曲

好きなものを好きだと言えないのを何故か辛く感じる。

でも好きだと言葉にした時に、自分の感じていることと随分かけ離れていることに気づいてもどかしくなる。

音楽は雑食なんですが、クラシックが一番好き。

その時々でEDMとかボーカロイドとか本編はあまり見ないけどアニソンとかハードロックとかハマるとそれをヘビーローテーションするけどまた落ち着いたらクラシックに戻ってくる。

 

albinoniのadgioが好きだって言わずにはいられない。

言ったところで、誰かにこの曲を宣伝したいわけでも、同じく好きな人と出会いたいわけでもないのだけど。

 

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記憶が引きずり出される刑

ここ最近調子が悪く、嫌な記憶がずるずる勝手に出てきてしまう。

今日は20代前半の片思いの黒歴史が引き摺り出されてしまった。

未熟すぎて最初から最後まで最悪な思い出だし、人にも迷惑かけたなと反省する。

別に人のこと好きになるの自体は初めてじゃなかったけど、中高時代も誰にも言えず一人で抱えてたのは同じでも、その頃は他に関心を向けて好きな人から逃げることができた。

大学生になって上京して一人暮らしを初めて、新しい環境で友達もおらず、当然セクマイの知り合いもおらず、人間は周りに溢れているのに、自分の周りの人間関係は極めて狭く閉鎖的で、それまでみたいに一人で抱え込んで全部無かったことにしようとしたんだけど、他に発散できることが無さすぎて結局数年間ずっとその状況に苦しみ、もう忘れられたかなと思っているのにたまに思い出してしまう。

 

そもそも知り合ったのはサークルの勧誘で、一目惚れだった。

なんかいい匂いの人だなと思ったのは鮮明に覚えているのだけど、それ以外の印象は忘れてしまったで、一鼻惚れなのかもしれない。

正直同級生に誘われて嫌々行った見学会だったのだけど、その先輩のお近づきになりたくて入部してしまった。

女子が5人くらいしかいなかったので、仲良くなるのはめちゃくちゃ簡単だった。

しかも私は大学から徒歩5分くらいのところに住んでいたので、よく部員でうちに遊びに来ることもあった。

自分の家に人が来るのは実はあんまり好きじゃなかったけど、先輩も来るなら大歓迎だった。もっと実を言えば本当は二人きりがよかったけど、中高時代からそういうのを諦めるのは上手になっていたので、上手く我慢できていた。

それまで女子校だったので、自分の好きな相手に恋人ができるなんていう事象を想定することができず、先輩も当時は付き合っている人がいなかったので勝手に安心していた。

色んなところから平穏は崩される。

まず、私に好意を持つ同級生の男子が現れた。

そして、先輩が思いを寄せる相手がサークル内にいることを知った。

ダブルで辛かった。

まず私の事を好きという男子に関しては、全く興味が無かったんだけど、当時自分がレズビアンだということにも半信半疑だったので、ひょっとしたら自分はその人のことを好きになれるんじゃないかという期待はあった。

しかも同時期に先輩がとうとうそのサークルの男の人と付き合い始めた。

付き合うことになったって聞いたとき、私は付き合うってことが何なのかよく理解していなかったので、意外なことにあまりショックを受けなかった。

けど、それはその後数日かけて、先輩もノンケで普通に恋愛ができる人で自分とは世界が違うんだとじわじわと実感していった。

しかも自分はいくら仲良くなって、サークル活動以外でも遊んだりする仲になっても、あくまで仲のいい後輩ですらなくて、友達みたいな距離にも近づけないんだろうなと察知してしまった。

そして自棄っぱちで同級生と付き合ってみることにした。

それがうまくいけば自分の不完全さを少しは埋め合わせられるような錯覚があった。

でもそれが大失敗の始まりで、結論から言えば友達としては別に嫌いではなかったけど、恋愛的には全く好きとは思えなかったし、手をつなぐのは我慢できたけど、キスは厳しかった。

一回頑張ったけど、帰宅後すぐにめちゃくちゃうがいして、その数日後に別れたいと伝えた。

この人との関わりが、逆にノンケの人は私に迫られたらこんな気分になるんだろうなという想像の元になっている。

 

さて、先輩の方はとても順調に愛を育まれて、でも私ともよく遊んでくれた。

同じ大学、サークルなので、ほぼ毎日顔を合わせていたし、それ以外でも家で2人で映画を見たり、先輩がしょっちゅうたこ焼きを作りたいというので週に2、3回は2人でたこ焼きを作って食べたりした。

ちなみに私はそんなにたこ焼きが好きではない。

週に2、3日も家に遊びに来てくれるなんて私のこと好きなのでは?と勘違いしそうになることがしばしばあったけど、後から聞いた話では彼氏が図書館にこもって勉強してたりしたのを待つ間私の家で時間潰してただけっぽかった。

内心浮かれていたんだけど、私が試験勉強忙しい時期にもそんな感じで家にやってくることがあって、私は内心喜んでいたけど、時間潰しの事情を知る同級生が心配して声をかけてくれたことがあって一気に気持ちが萎んだ。

ノンケには何も期待しないという鉄の意思がこのころ芽生え始めるのだけど、まだ先輩への気持ちは忘れられず。

 

少し余談で、しょっ中肩揉みさせられていたんですが、正直当時の私には肩揉む距離間はすごくムラムラして、自制するのが大変だった。

そしてこの経験を通して精神的去勢を受けてしまったんじゃないかと思う。

 

そんなことを続けながら、大学生活というのは人生の一瞬の煌めきなので先輩が卒業する日がやってきた。

大学院に行くかもと言っていた時期もあったけど、結局就活をして、そんなに上手く行っている様子でもなかったけどどこかの会社に内定したとのことで居なくなってしまった。

学生時代はあんなに頻回にたこ焼き作ろうって連絡が来ていたのに、パタリと連絡は無くなり、居なくなったのは私の方なのかもしれない。

そしてやっぱり私は都合の良い時間潰しだったんだなと実感した。

そういうのが積み重なって恋心は忘れ去られ、その下に沈澱した負の感情だけが私には残った。

後々当時の彼氏と結婚したとか、他の県に転居したとか風の噂で聞いた。

会いたいなと思って連絡を取ってみたけど、都合がつかないとのことで、別日を調整する話にもならず連絡が途絶えたのでそれ以来連絡はしていない。

 

もっと上手く昇華する方法は無かったのかなと考察するけど、私には思いつかない。

早くに距離を置いてしまえば良かったんだろうけど、それはできなかったなぁ。

 

 

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回顧

母親が生きてた頃の事をよく思い返すんですけど、後悔ばかりです。

言ってしまったこと、言いそびれたこと、見せたかったもの、やりたかったこと。

自分が未熟でどうしようもなかったんだけど。

 

やらない後悔より、やる後悔?みたいなことよく言われるけど、あれはそういう側面もあるかもしれないけど、見方変えたら何も言ってないとすぐにわかると思う。

何かをしないという選択を"する"ことは逃げではない。

やるもやらないも何らかの選択をしていて、どちらを選んでもその先に後悔がある可能性はあるけど、前もってやらない後悔よりやる後悔、と唱えておく事でやった後の後悔を誤魔化そうとしているだけに見える。

後悔するかしないかは、選んだ選択肢の正しさによるのではなく、選択をした人の性格によるし、私はどう足掻いても後悔してしまい、過去を振り返って何度も何度もその後悔を噛み締めるタイプなのはこの30年ちょっとの付き合いでわかっている事なのです。

 

母親にはまた会いたい。

でも一方で、母親以外の家族や親戚は全員苦手で父親に関しては恨みしかないので、一緒に思い出して嫌な気持ちになってしまう。

見始めたドラマ

Netflixでシングル・アゲインというのを見始めた。

17年付き合った恋人の誕生日祝いのサプライズパーティの直前に別れを告げられた中年のゲイの話。

初めは17年も付き合ってたのにまともに話もせずに一方的に出て行った恋人酷過ぎ・・・と思ったけど、主人公もそんなにずっと一緒にいる相手なのに嫌そうにしてるの気付かないんだなぁというか、話し合いと言いながら自分ばっか喋っててうっとうしいなって思っちゃったな。

まだ4話目だけど。

まあでもそんな感じなのに17年一緒に過ごしていたんだから、そこには性的なものだけじゃない繋がりがあるんじゃないのかと期待してしまうんですが。

結婚したり子供がいたら、2人の間の繋がりが希薄になってもそういうのが繋ぎ止めるというかひょっとしたら柵という表現の方が良いのかもしれないけど、同性のカップルなんて別れても2人が別々になるというだけで、誰に対しても責任も何も無いんだから、長年一緒にいるということは強い絆なんだなって思うじゃないですか。

 

出て行った理由気になる。

 

この話の登場人物達からちょうど10年くらい若輩者の私ですが、新しく恋人や友達を作るの難易度高いってのはすごく共感する。

少なくとも彼女と付き合い始めてから新しい知り合いできてない。

職場が変わった時とかに新しくストレートの知り合いは増えるけど、同年代のレズビアンの友達も欲しい。。

 

まぁでも20代前半の頃の自分を振り返ると、色々なレズビアンと知り合ってもそれはそれで自分の生活や価値観と合わなさ過ぎて絶望していたので、またそれを繰り返すだけなのかもしれない。

同じ職種なら良いのかな。

今なら前よりは広い視野で色々な人との出会いを楽しめるだろうか。

午後休

午前中は病棟の仕事をして、昼過ぎに彼女と合流してご飯へ。

つるとんたんに行ってみたいという話だったんだけど、長蛇の列だったので一瞬で諦めました。

つるとんたん入ったことないので一回食べてみたい。

諦めてタイ料理を食べていたら、海を見に行きたくなったので葛西臨海公園に行ってみた。

空が広くて青い。

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打ち上げられていた小魚
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太陽。iPhone13流石。
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タイ料理を食べると、一緒に旅行に行ったのを思い出す。

色々なところに行って、一緒の思い出作っておきたいなー。なんて。

思い出が無いと、その人そのものを思い出してなんか辛いし。